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追憶、追悼、そして…。@雪組 『タランテラ!』 感想。

DVD 『アルバトロス、南へ』 の感想からも引っ張りつつ
100%自分解釈での 『タランテラ!』 語りです。 すげー長いです(爆)
例によってネタバレも構わず突っ走ってますのでご注意ください。


それからこの記事、色んな意味で容赦無い書き方しておりますので
クリスマスに向けて迫り来る現実が未だ受け入れ難い、ぴゅあなファン様は
立ち入られない方が宜しいかと。 ご入場は胎くくってGOですよ(爆)↓




『アルバトロス、南へ』 のテーマは、ひたすらに “朝海ひかる” だった。
作品全体が、ただ、今の “朝海ひかる” を表現するために在り、
そして同時に、過去の “朝海ひかる” を追憶するために作られていた。

朝海ひかるさんに落ちてヅカファン街道に両足を突っ込んだ過去を持つ
そんな私にとってこれはキツかった。 本当にキツくて痛くて、しあわせだった。
この作品をナマで観られたことは私の一生の想い出になったと思っている。


『タランテラ!』 も、まあ、痛い作品になるだろうな~とは、思った。
なんたって、オギーだし(笑) 主題歌も 「メメント・モリ」 ときたもんだ。
でも 『アルバトロス、南へ』 は超えない程度の痛みだろうと思った。
『アルバトロス、南へ』 はひたすらコムさんのためのイベントだったから、だ。
『タランテラ!』 は仮にも大劇場公演作。 痛みを前面には押し出すまいと。


なのに。


そんな予想はものの見事に、外れた。

初見後の私はトイレに駆け込んで、嘗て無いほどの大泣きをする羽目に。



     *     *     *     



先日、月組の 『オクラホマ!』 を観に日生劇場まで行ったので
キャトレに立ち寄りDVD 『アルバトロス、南へ』 をよーやく入手した。


見返して、改めて思った。 これは “追悼” の作品だな、と。
表向きは “追憶” という形を取っているとは思う。
でも、その本質は、私には “追悼” としか思えない。
つくづく、オギーは鬼だと思う。 そんなところが大好きなんだけど(笑)

私は、特に男役の退団は、その世界における “死” に等しいと思っている。

男役は、ヅカの舞台の上でのみ成立する。 外部に男役は、通常、無い。
だからタカラヅカを卒業した時点で、その男役像は永遠に封印される。
それは “死” と同義だと思う。 以上は私の勝手な考え方ではあるけれど、
恐らくオギーも似たような考えを持っているんじゃないかな、と
これは 「メメント・モリ」 という題を聞いた時、私が直感したことだった。




『アルバトロス、南へ』 は “追憶” なんて甘っちょろいもんじゃない。
あれは男役として生きて 「いた」 朝海ひかるを “追悼” する作品だった。




『アルバトロス、南へ』 の ACT Ⅰ は普通に “追憶” であり、前フリだった。
問題は、 ACT Ⅱ 。 核となるのは作中唯一の完全オリジナル場面
コムさん×いづる姫によるほぼ2人芝居 「アルバトロス、南へ」 。
それから、作品全体をまとめる役目を担っている 「波止場にて」 のパート。


「アルバトロス、南へ」 このオリジナルパートは、何の為に書かれたのか。
「君よ知るや南の国」 或いは 「パリに帰りて」 と同様に
過去の作品 (たとえば 『ロマパリ』 とか) へのオマージュにも出来たのに
ここだけが完全オリジナルで、うっかり浮きそーなほどに異色に見える。

と、言うか。 「アルバトロス、南へ」 パートは、実際浮いている(笑)
何故ならばこのパートだけが仕組まれた物語ではないから、だ。

他の3パートでは、 ACT Ⅰ オープニングの黒いペンギンちっくなお衣装
アレを着た他出演者がちょこちょこ顔を出す。 そして、コムさんを見ている。
時にはわざとらしく台詞を口にしたり、台本チェックのような動作をしつつ
その時その時のアルバトロス (=コムさん) がたどっていく運命を見届ける。

この、黒いペンギン達が。 唯一出てこないのが 「アルバトロス、南へ」 。
一度だけ、いづる姫以外の娘役さん達がコーラスで出てくるけれど
あの黒い衣装は、着ていない。 黒子のような格好で、本当にコーラス扱い。
「波止場にて」 ですら出てきたペンギン達が、どうして影も形も無いのか。


私は 「アルバトロス、南へ」 ここだけが現実だから、なのだと思う。


そして、その現実場面が象徴しているのは朝海ひかるの “死” だ。
正確に言うと朝海ひかるの過去の死、と言うべきかもしれない。
自分が兵士@コムさんの昨日になる。 そう言った娘@いづる姫は
コムさんの軌跡をずっと追ってきたキム君の手で撃ち殺される。

この作品におけるキム君の役割については旧ブログのこの辺にて語ったので
ここでは割愛させて頂きますが、それに加えて考えた事、ということで。
作品と同タイトルを持つこの場面でコムさんは 「昨日」 を撃ち殺される。
それは過去からの解放なんじゃないかと私は考えた訳なんですけど。


「波止場にて」 の場面。 以前に考察した時は、ここが現実かと思ってました。
でもこの場面も黒いペンギン達(=黒子の役割?)が頻繁に登場し
そして、何より、少女@舞咲は男@コムさんが去っていくことを知っている。
何にも支配されず、先が仕組まれていないのは 「アルバトロス、南へ」 のみで
「波止場にて」 の場面は、要は、現実を暗示しているだけなのかな、と。

現実。 朝海ひかるが、この世界から永遠に去るという、迫り来る現実。

それを端的に表現しているのが 「アルバトロス、南へ」 なのではないか。
現実として、男役・朝海ひかるという像の “死” がそこには有る気がする。
出演者全員によって追憶され、特にキム君からは解放の銃弾を受けて
飛び立つ姿の軌跡を描くそれは私にはどうしても “追悼” としか思えない。


…………で。 総てはここに終決していると思っていた私なんですけど。


この追悼が、 『タランテラ!』 に続いて、と言うか繋がっていると思う私。
そんな訳で勝手な解釈も続きます(爆) 毎度無駄に長くて、ホント申し訳無い。



     *     *     *     



痛い銃弾は先にぶっ放す主義です私(笑) なのでスパッと言いますけども、

『タランテラ!』 は朝海ひかる葬送の儀だと思うんです。 私は。

……不吉な単語ばっか並べてすみません本当に。 でも他に言い様が無い。
だって 「メメント・モリ」 とか言われたらそれしか考えられないでしょう?
(※「メメント・モリ」 の意味をご存知無い方は今すぐウィキでレッツ検索☆)


そもそもが、オギーが主演者にタイトルロールをあてることが先ず、珍しい。
『パッサージュ』 も 『バビロン』 もテーマはその場所でしたよね。 たぶん。
その場所において起こることを、移りゆく世界を、人々を描くのがオギー。
私的にはそんな認識だったので、 『タランテラ!』 の配役には少し、驚いた。

タランテラ=朝海ひかる、って。 また コムさんがテーマ なんですか?

『タランテラ!』 の主人公は蜘蛛の影@キム君という説も有るみたいですが。
私は勝手な解釈として、タランテラ@コムさんが主人公と思っている。
だってタイトルが 『タランテラ!』 で、内容がタランテラのルーツを辿る話で、
なら、素直に考えてみたらばやっぱりコムさんが主人公なんじゃないか、と。


『アルバトロス、南へ』 に引き続き、テーマが “朝海ひかる” ときた訳で。
オギーってばコムさん大好きだね……それだけで泣かされそうだよ私(涙)


しかし、泣くのはまだ早い。 号泣するのは観終わった後だ(真顔)
そんな訳でよーやく本題、 『タランテラ!』 私的解釈です。
あくまで 自己流 ですんでくれぐれも 参考程度 に読み流してください↓




このショーは大雑把に3パート構成なのかなと思って観ております。 勝手に。

ひとつめはオープニング~スパニッシュ。 初期設定及びキャラクタ紹介。
ふたつめはラ・プラタ河~アマゾン。 ここが本編。 一匹の毒蜘蛛の物語。
みっつめはフィナーレ~パレード。 エピローグ部、言い換えるとサヨナラショー。

……という感じになっているのかなと。 で、それぞれ順を追って考えて行きます。




まずは第0場を含むオープニングからスパニッシュまでの、プロローグ部。

ここは早い話が登場人物紹介ってやつかな~と思ってます。 私は。
タランテラ@コムさん、その仲間(兄妹?)がまーちゃん、チカたん。
まーちゃんとチカたんは後々、他にも蝶や街の男に扮するので
厳密には通し役と違うみたいですが常に役割は一貫してるみたいですね。
『アルバトロス、南へ』 でコムさんの複数キャラを一つにまとめてたように
全キャラの根底は “まーちゃん” “チカたん” ということで良いのかな。
いっぽ君も同様。 囚われの男だったりジプシーだったりですが、底辺はいっぽ君。
確実に通し役なのは配役表を見る限り、タランテラ@コムさんひとりですね。


第0場は導入部、第1場(プロローグ)はタランテラってこんなキャラ♪紹介。
囚われの男@いっぽ君がタランテラ@コムさんに狙われていたり、
それを遠目に眺めているジプシー達が物語における別格的存在であったり、
チカまーがタランテラ@コムさんに(おそらく)一番近しい仲間であったり、
……ということが明らかになる訳ですね。

第1場での(私的)最大のポイントは、キム君の役名が蜘蛛ってことですね。
蜘蛛、なんですよ。 蜘蛛の男、じゃないの。 キム君だけ。
チカたんもひろみちゃんもらぎ君も蜘蛛の男なのに、キム君だけ違うの。
これが後で効いてくると私は勝手に思ってんですが、まぁそれはまた後ほど。


第2場(スパニッシュ)はあまり深い意味が有ると思ってないので(笑)
結構気楽に観ています。 つーかここぐらいしか気楽になれません(真顔)
ここで少しだけ気になるのは、チカたんがコムさんの対ってことですね。
で、場面の締めにシビさんが 「毒蜘蛛の話を聞け」 というよーなことを歌って
いよいよ物語本編へと繋がっていくわけです(たぶんね。あくまで私的解釈)




アマゾンに近いラ・プラタ河からタランテラの物語は始まる訳ですが。


第3場(間奏曲~ラ・プラタ河)はコムマコ・コムまーの恋物語ですよね。
コムマコは過去の恋。 タランテラ@コムさんと蝶@マコたんが恋に落ちて
けれどその恋は成就しない。 何故ならタランテラは蝶を食う蜘蛛だから。
蜘蛛の巣は蝶@マコたんに絡みつき、彼女は命を落としてしまう。
タランテラ@コムさんは傷つき、絶望しながら、残されたその死骸を食べる。
(以上はハマコ&キム君のソロ歌詞から推測。 すげー痛い歌詞っす…)

で、コムまーがたぶん今の恋なんだけど、蝶@まーちゃんに微笑みかけられても
タランテラ@コムさんは彼女を抱きしめることが出来ないんですよね。
蝶@マコたんとの悲恋が記憶の底にあるから(これもハマコのソロ歌詞中に有)
結局、恋は叶わず、タランテラ@コムさんは静かに立ち去る。
蜘蛛の影@キム君を観察していると、タランテラの心情が解りやすいかと。


第4場(ブエノスアイレス~アムステルダム)はタランテラの旅の軌跡かな。
ブエノスアイレス( in アルゼンチン )へとやって来たタランテラ@コムさん。
街の女@まーちゃんと少し絡むのは、過去の恋の記憶から、でしょうか。
因みにこの辺りで光る小箱?を持った娘@シナぼんが人ごみを通り過ぎますが
後々の場面(アマゾン)冒頭にてさりげなく蝶@マコたんが出てくる辺り
小箱は蝶の魂であり、タランテラを導いてるのかな、と。 私は思っております。
それからブエノスアイレスの女@いづる姫にも少し意味が有る気がするのですが
この辺は語り出すと長くなるので、後でまた、マコたんと一緒にまとめます。

アムステルダム( in オランダ )は大西洋へと繋げるための港町、ですね。
ここでのアミたんのソロを聞いていると、タランテラの孤独が伝わってきます…。
“誰か” を求めつつも、その “誰か” が見つからず、命と時間ばかりを削っていく。
タランテラ@コムさんはそんなキャラクタ設定に思える。 なんとなくですけど。


第5場(大西洋)はアマゾンへと繋げる場面、兼、コムまー物語完結編。
海の女@まーちゃん(※キャラクタ底辺は “舞風りら” )との断ち切れない愛。
でもって今度はこれまでに自分が惑わせ、踊らせてきた人々の怨霊に
タランテラ@コムさんが囚われ、復讐される場面( By.オギー@歌劇10月号)

――――っていうのは表向きのコンセプトのような気がするな。 私は。

タランテラ、つまりはコムさんの持つ魅了の力が、ヅカの舞台上に存在するもの
……だということを象徴しているのが、冒頭と中詰めで背負っている羽。
アレ、要は蜘蛛の手足を表現してるんですよね?(特に中詰めなんか、見るからに)
ヅカの象徴とも言えるあの羽で、タランテラの手足を表すってことは。 つまり。
毒蜘蛛の魔力は、タカラヅカの舞台上でのみ在りうる。 ということ。
だからタランテラという役はそのまんまイコール朝海ひかる、だと思うんです。
男役として多くの人々を魅了し踊らせてきた朝海ひかる=タランテラは
この大西洋の場面で、踊らされていたのは自分だと気づかないまま死を迎える。
(↑は舞咲のソロ歌詞より推測。 これまためちゃくちゃ痛い歌詞ですよ…)

これを突き詰めていくとどういう意味になるのか、これ以上は書き辛い。
ただ私は初見時からこの場面はそーゆー意味なのかなと、漠然と感じたので
もー色んなことを思い出してしまって心臓が痛くて苦しかったです。
終わり良ければ全て良し、だからって途中経過がどーでもいい訳では無い。
個人的には、踊らされていたのは自分だと気づいてない訳は無い、とも思うけど。


それは一旦脇に置いて、次。 第6場(アマゾン)。 タランテラの故郷、南米。
各地を彷徨って、でも結局は始まりの地へと戻ってくる訳ですね。
( 「貴方の亡骸、故郷の海で眠れ」 だもんな)(第5場の歌詞より)(痛すぎ)
この場面で私がまず気になったのはコムさんがなかなか出てこないこと。
そして、そーゆー場面に限って明るく作られてるってことでしたね。
だって曲調から、歌われる歌詞まで、全てが明るいのはこの場面だけよ?
なのに、空に太陽が輝く♪とか歌ってる時、そこにコムさんはいないんですよ?

そう。 空に太陽が輝く時、その光を浴びているのはチカたんなんです。

これがね。 私には痛かった。 嬉しかったけど、でももの凄く、痛かった。
まっさらに明るい場面、希望に溢れた一幕、その中心にいるのはチカたんなの。
タランテラ@コムさんはと言うと、その場面がひとくぎりしてから現れる。
そしてコムまーも交えた中詰め、そこで歌われる歌詞がまた、痛い。
……オギーはきっと、確信犯なんじゃないかと思うんですよね。
解ってると思う。 この作品がコムまーの終わりで、チカたんの始まりだと。

加えて。 中詰めの導入辺り、キム君が若手率いて踊るとこが有りますが
このショーにおいて下級生を引き連れる場面は全てキム君が担ってますよね。
そして最初に下級生を連れてセンターをとった、第1場ラスト(ロケット?)
キム君の役名は 「蜘蛛」 。 唯一の、タランテラ@コムさんに通ずるような名。
オギーの中ではやっぱり、現段階で、コムさんの後継者はキム君なんだろうな。
『アルバトロス、南へ』 における使われ方といい、そうとしか考えられないです。
(因みにいっぽ君はいっぽ君で、非常に気ぃ遣った使われ方をしていると思う)
(今回いっぽ君落ちした皆様、花組に行こう!)(いっぽ君が待ってるって!)




そんな訳で、第6場・アマゾンにて、タランテラの物語は一旦終結。
とは言え今回のコムさんの役名は最後まで一貫して 「タランテラ」 なので
フィナーレまで繋がっているとは思うのですが、公式の作品解説にありました
「タランテラのルーツを辿る旅」 はラ・プラタ河~アマゾンで完結、
後は総まとめと言うか(朝海ひかる集大成と言うか)エピローグと思う私です。

で。 第5場の解釈中にちらっと、タランテラ=コムさん、と書きましたが、
ということはタランテラのルーツを辿る旅、というのはすなわち
コムさんのルーツを辿る旅、
とも考えられると思うのですよ。 あくまで私は。
そこから少し深く突っ込んで、いづる姫(+マコたん)について考察。




いづる姫は 『アルバトロス、南へ』 に続き、コムさんの過去の象徴な気がする。
ブエノスアイレスの場面ですが。 男役陣にいづる姫がひとりだけ入って踊り
その後、コムさんとポジション交代して、いづる姫はハケてしまいます。
ここがね。 本当に交代なんですよね。 コムさんはいづる姫の場所に入って
コムさんが入って踊り出すと、いづる姫は舞台上に残らない。 いなくなってしまう。

男役の中に混じって踊るいづる姫に、何でか宙組時代のコムさんを思い出した私。
いづる姫とコムさんて、辿ってきた道がひどく似てると思うんですよ。
踊りで頭角を現して、よく娘役として起用されて。 違うのは転向したことだけ。
『アルバトロス、南へ』 でもこのショーでも、オギーはコムさんに女役をさせてない。
推測でモノ言って申し訳無いんですが他の演出家さんならたぶんやらせたと思う。
……なんっか、オギーは悔しいくらいにコムさんのこと解ってる気がするな(苦笑)


マコたんは 『アルバトロス、南へ』 それから今回のショーと続けて
コムさんに対するヒロインの中では唯一、心中に近しいラストを迎える役ですが
そこに入団同期兼退団同期とか言う深読みは不要(だと思いたい)(切実に)
『タランテラ!』 で大活躍なのも、退団者だから、というよりは
単にコムさんの相手役として珍しく良い雰囲気を出せる娘役さんだから
……なんじゃないかなって気がするんですけどね私は。 
『アルバトロス、南へ』 のDVD見たばかりだから、余計にそう思うのかな。
コムマコは本当に良い雰囲気だと思いました。 ふたりを包む空気が柔らかいの。

第4場の考察中にも書きましたが、タランテラをアマゾンへと導いたのは
たぶん、蝶(の幻)であるところのマコたんなんじゃないかと私は思ってます。




ところで唐突ですけど雪組の次期トプさん・チカたん考察です。
……わざわざ次期とか書いてるのは、オギーもその辺意識してそうだから(笑)

チカたんね。 第7場(フィナーレ)の、雪組男役さん総踊りの時。
あの場面にどうしていないんでしょうね? 初見時からの疑問なんですけども。
だって、あそこに混じってても別に、パレードには間に合いますよね?
いくらエトワールったって、その前にコムさんもキム君も歌ってんだもん。
出そうと思えば出せるよね、あの場面。 せっかくのダンス場面なのに。


なんでチカたんがいないのか。

これまた超個人的解釈ですが、思い当たることがひとつだけ。


オギーはさ。 今のチカたんの微妙な立場を解って書いてる気がするんですよ。
立場と言うか、大多数のヅカファンからどう見られてるか、と言うべきか。
今回のショーはタランテラのルーツ=朝海ひかるの軌跡を描いてると思うんですが
その軌跡(※第3場~第6場)にはチカたん、殆ど出てきていないんだよね。
せいぜいがブエノスアイレスで一瞬だけすれ違った、そのくらいだった気がする。

そして約4年のコムさんのトップ期間にも、チカたんは殆どいなかった。

コムさんは支えられるトプさんで、今のチカたんは勿論、コムさんの片腕。
だけどチカたんはコムさんをずうっと支えてきた2番手という訳ではないんだ。

だから第2場なんかではちゃんと、チカたんをコムさんの隣りに置いてるのに
肝心なところで外すのは、そーゆー意味を含んでる気がするんです。 私は。
オギーって本当に鬼だと思うのー(泣) けど、それは決して意地悪じゃなくて
実は観る側のこと考えてやってるんじゃないのかなって私は思うんだけど。


だって。 あんまり言いたくないが、でも良い機会だから一度だけ言うけど。

納得出来てないひとは、未だいると思うんだよね。 観る側に。
雪組も色々あって、全てが過ぎたし、仕方無いけど、気持ちは未だ痛いひとが。


そしてチカたんだって馬鹿じゃないから、そのくらいのこと解ってると思うし
だから今回の公演、色々とキツイ部分あるんじゃないかなって。 観ていて思った。
私は宙組時代からチカたんが大好きで、ずっと目で追ってきたから。
どーしてもチカたんのことは考えてしまうんですよね。 痛いファン的思考で(爆)

そーゆー訳で今回の私は全面的にチカたんの味方みたいです(笑)(何この宣言)

精神面でも体力面でも、ほんとうに今回は大変だろうなって思うのですが。
でもコムさんと一緒に東京の千秋楽まで頑張って欲しい気持ちでいっぱいです。




では最後に、私の涙腺を決壊させる駄目押しになった、主題歌について。
……あ。 「メメント・モリ」 ではなくて、 「タランテラ・アラベスク」 の方ね(笑)


冒頭で歌われてるぶんには、特別に深い意味は何も無いと思うんですよ。
明るく楽しいショーの幕開けと思って聞いていて良いんだと思う。 けれど。

同じ歌を最後の締めに歌ったら、意味が違うよな。 だって、

小さな蜘蛛って、明らかに、朝海ひかるさんのことを言っているから。

タランテラの手足を表現するのにヅカの象徴である羽を使ってる、という話を
第5場について語った時にちらっと挟んだ覚えがございますけど。
もう一度書きますね。 ヅカの象徴である羽で、蜘蛛も手足を表してることは
即ちタランテラ=朝海ひかるであり、そのタランテラが持つ毒=魅力も
タカラヅカの舞台上でのみ存在しうるものである、ということになりますよね。
つまりは、舞台を降りた毒蜘蛛は、毒蜘蛛ではなく、ただの蜘蛛。 と。


そして、だから、 「もしも小さな蜘蛛を見かけた時」 には
「手を触れないでそっと逃がしてあげなきゃいけない」 んですよ。


…………もー駄目だ。 私にはこれ以上書けない。 無理(泣)


私の考えすぎかもしれない。
けど、私にはあの主題歌が、こんな風にしか聞こえないから。




     *     *     *     




追憶、ひと足先に追悼、そして現実に還って、いよいよ本当の葬送の儀。
『アルバトロス、南へ』 に始まったそれは 『タランテラ!』 に完結して、
そして私の胸の内には一生刻まれてしまうんだろうなあ。 なんて。

……結構切実に思ってますよ今は。 そんなことを。

なんにせよ大好きなショーです。 1回1回の観劇がほんとうに大切で。
遠征はあと1回、ムラでの観劇は3回、東京は何回観られるか解りませんが
その全てを記憶に焼き付ける勢いで頑張って観てくるつもりです。



以上、長々と述べてみました御託も、いったん終了(笑)

何か書き残しが有る気がしてならないんですが(書くべきことが多すぎる)
その辺は思い出したらまた追記していくかもしれませんです。
こんなところまでお付き合いくださいまして本当にありがとうございました♪
(そして総ては私解釈ですんで。くれぐれも信じすぎないよーに)(笑)




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【2006/10/22 01:34】 | ゆきぐみ観劇日記。 | トラックバック(0) | コメント(8) | page top↑
<<彼の愛。@星組 『愛するには短すぎる』 『ネオ・ダンディズム!』 感想。 | ホーム | 雪担の戯言。その1。@雪組 『堕天使の涙』 『タランテラ!』 感想。>>
コメント
トマさん・・・お久し振りです。

未見の自分には出しゃばる権利はないのですが
少しだけ思う所があってご無礼を承知で出て来ました。

さよなら公演或いはそのイベント(ディナーショーやコンサート、バウ公演等)は
そのスターさんの「追悼」&「葬送の儀」と言うお話。
私も全く同感です。
理由は本当にトマさんと同じですので省略(笑)

荻田先生はその傾向が特に強いですよね。
どの先生も卒業されるスターへの思い入れ一様に強くて温かくて優しい。
それは凄く感じて、これこそ常春の宝塚の愛情なんだと思います。

が、荻田先生は少し違う気がする。
勿論、卒業するスターへの愛情が根底にありながら
敢えてこれまでの過去を断ち切って「さあ行けよ」って背中を押してる。
そしてもう1つ感じるのは・・・我々ファンに対しても。
「この人は、もうこれで男役のベールを脱いで去るんだよ。
長かった夢ももう終わりだ。
目を覚まして・・・」

1番辛くて1番避けたくて1番悲しい言葉を・・・
惜しみなく遠慮なく熱く痛く衝き付けてくれる。
そして両者を過去から断ち切って背中を押して
嫌でも次の扉を「自分で」開けさせる。
『バビロン』の時も感じました。

そしてもしかすると残されて次を繋いでく人達にも・・・同じ様に。

ごめんなさい・・・戯言です。
相変わらず、トマさんの考察は凄い。
まるで一緒に観劇して、同じ空間に浮遊してる様な気にさせてくれて(笑)
ついついその気になっちった・・・(汗)
長々と失礼しました(深々)



【2006/10/22 11:44】 URL | 舞奈 #-[ 編集] | page top↑
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2006/10/22 18:13】 | #[ 編集] | page top↑
はじめまして。おりんといいます。

わたしも今、雪組公演何回か通ってますけど、トマさんのショー読解を読ませていただいて「深いなあ」と感激しました。
わたしも感想とか書きますけどここまではなかなか書けないです。
歌詞とかも覚えていらっしゃるし・・・すごい記憶力ですね!羨ましいです。

パレードの曲についての考察、こういう考え方は今までしたことなかったので新鮮でした。確かに・・・そう考えると泣いちゃいますね。

ところで、こちらのブログはリンクさせていただいてもよろしいんでしょうか?
今回の読解に感動してしまったので、またこさせていただきますね。
【2006/10/22 22:10】 URL | おりん #JnoDGgPo[ 編集] | page top↑

>舞奈さん。

はい、ここではお久しぶりですね♪
来て頂けて嬉しいです。 コメントありがとうございます!!

背中を押すオギー……正にそんな感じですよね。
そう、いちばん避けたいことを、オギーは容赦無く突いてくる。
それはとっても痛いけど、でも厭な痛みじゃないんですよね。
オギーのたくさんの愛情がつまった一撃だと、よく解るから…。
『バビロン』 もそんなショーでしたよね。 大好きな作品でした。

素敵なコメント本当にありがとうございました。
いつにも増して好き放題に書いてしまった記事だったので
実は心配だったんですけど(苦笑) 少しほっと致しました。
私には勿体無いくらいのお言葉。 感謝感激でございます(ぺこり)
またメールでゆっくりお話してやってくださいませっっ!!




>Kさん。

こんばんは~コメントありがとうございますっっ!!

いや、全然すごくないです(苦笑) オギースキーが勝手に電波受信し
ひとり満足で書き散らかしているだけであって……あぁ本当に申し訳無い(汗)
でも書きすぎた~と思ってたので、そう言って頂けますと嬉しい限りです。
本当にありがとうございました(深々)

『アルバトロス』 も 『タランテラ!』 も、色んな解釈が有りますよね。
色んな見方が出来るのが、オギー作品の最大の魅力かもしれません。
歌詞は私も、聞き取るのが苦手なので、毎回神経張りめぐらせてます!!
そんなことやってるので、観劇後はぐったりしてるんですけど(苦笑)

そうですね、同じ先生が作ると流れが綺麗……とっても同意です。
サヨナラショーまでオギーだったら私は死ぬほど泣きますきっと(笑)
ほんとうに、朝海さんは、凄くしあわせなひとですよね。
そしてそんな朝海さんを観ることが出来て、私もとてもしあわせです♪




>おりんさん。

こちらこそ、はじめまして!!
お初の書き込み本当にありがとうございます~☆

勿体無いお言葉、ありがとうございました(深々)
電波な記事にも拘らず、読んで頂けたみたいで嬉しいです。
パレードの歌は……こんな考え方してるの、私だけかもですよ(汗)
何でか私には、初見の時から、こんな風に感じられてしまって
それでダーダー泣きまくってんですが(爆) 傍迷惑な客です…。

リンクはご自由にどうぞです~よろしければ相互させてくださいませ!!


【2006/10/23 00:24】 URL | トマ #-[ 編集] | page top↑
おはようございます!
早速コメレスありがとうございます☆
あと、リンクさせていただきました。ありがとうございます!

相互なんて願ってもないことですー!
うちのブログでよろしければ是非是非お願いします。
これを機に交流させていただければ幸いです。(私も大学生ですし・・・(笑))

パレード、初見からそんな風に思ってたんですか。なんかそれってすごいトマさんのコムちゃんへの”愛”を感じます。
わたしはそういうことで泣けるひと、ほんとにだいすきです!(告白?)
そんなこと言うわたしも2度目の観劇では「千秋楽か?」って突っ込みたいくらい泣いちゃってたんですけどね。
【2006/10/23 10:34】 URL | おりん #JnoDGgPo[ 編集] | page top↑

>おりんさん。

私の方もさきほどリンクさせて頂きました!!
ありがとうございます。 ヅカ友さんは少ないので嬉しいです(笑)
こちらこそ、これからどうぞよろしくお願い致します☆
仲良くしてやってください(こんな電波受信女で良ければ)(……)

告白(違)ありがとうございますー♪
コムさんは私を濃いヅカファンへと転身?させた、神様のよーな方なので
常に心からの愛を注いでおります!!(痛い愛ですけどね)(あわわ)
ムラの堕天使はそろそろマイ楽になるので、また気持ちよく泣いてきます。
今回の公演、もはや泣かされることが快感になってます(苦笑)


【2006/10/24 23:16】 URL | トマ #-[ 編集] | page top↑
こんにちは。
トマさんの文章、いつも楽しく拝見してます。

上の方にあった、「いづる姫がコムさんの過去の象徴」という話なのですが、
ブエノスアイレスの場面でいづる姫が着ているドレスって、
コムさんがエスプリ・コンサートで着たやつではないでしょうかね?
私は写真でしか見たこと無いので確信はありませんが。
すでにご存知だったらごめんなさい。

男役さんの中に一人娘役で踊っているいづる姫を見て、私も宙時代のコムさんを思い出しました。

【2006/11/01 23:35】 URL | 名乗るほどのものでは・・・ #-[ 編集] | page top↑

>匿名希望な訪問者さま。

ご訪問ありがとうございます!!
レスが遅くなってしまい、申し訳ございませんでした(深々)

で、貴重な情報、ありがとうございますっっ!!
実はここ数日、その、いづる姫のドレスについて調べてみたんですけども
エスプリコンサートの資料ってなかなか残っていないのですね…。
私がビデオとか写真とか持っていれば良かったんですけども。
一応、手持ちの雑誌を片っ端から漁ってはみたのですが……発見ならず(がっくり)

エスプリコンサート……宙組時代、確かエリザの前後頃にやったものですね。
コンサートの中で女役を披露されたというのは確認出来たんですけども
それがどんなドレスかまでは、まだ調査中です。申し訳無い…!!(悔)

しかし、 『アルバトロス』 でも懐かしの衣装を色々引っ張り出したオギーのこと、
過去にコムさんが着たドレスをいづる姫に着せるくらいのこと、やりかねませんね。
『タランテラ!』 におけるいづる姫の意味については、まだまだ書きたいことがあるので
次に記事を書く時までにはなんとか調べておきたいなと思ってるのですが(笑)

気になる情報、本当にありがとうございました(ぺこり)

そして、これからもよろしければ、遊びに来ていただけましたら嬉しいです♪


【2006/11/08 00:12】 URL | トマ #-[ 編集] | page top↑
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