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神様のパレット。@星組 『聖者の横顔』 考察。

かな~り前から見たくて見たくてたまらなかった作品のひとつ。


我が人生の師匠・M先生(さえちゃんファン)から映像をお借り致しまして
よーやく見ることができました。 で、また好き勝手に考察中です(笑)




切ない。 美しい。 素晴らしい。 ……しかし、案外に 恐い。

―― とゆーのが、まだ一回しか見ていない(しかも映像のみ)私の感想ですが。



ジョアンナ@邦さんが中盤でルーカ@さえちゃんに言う台詞が超恐いです。
えーっと、ジョアンナって女性はキャスティングディレクターなのだそうですが
映画用の綺麗な俳優を探していて、それでルーカに目をつけたのですがね。

 演技なんて出来なくていい。 そんなものは編集でどうにでも出来るから。
 それより貴方は、ただ立って、綺麗な顔で微笑んでいてくれさえすればいい。
 貴方は “人を愛したい” と欲するひと達の欲求を満たすためのお人形。
 貴方自身は必要とされている。 けれど貴方の “心” は、どうだっていいの。

……っていう感じのことを(※意訳ですよ)ジョアンナはルーカに言う訳です。
もうね、聞いていて全身鳥肌でした。 どどどどこまで確信犯なのオギー!!(震)
解って書いてる? ねえ、これファンが観に来るんだってほんとに解ってる?
と、ビクビクしっぱなしでした。 ……これ私ナマで観なくて良かった……(しみじみ)


すみれコードを脅かすという点においてはイシダ氏辺りが有名ですが(笑)
しかし本当にコードぶっちぎりなのはオギーじゃねえのか? と思う今日この頃。
(某毒蜘蛛の中詰めでは劇団を追放されるんじゃないかと密かに焦ったよ…)


ま、そんな戯言はともかくとして(おい)本当に素晴らしい作品でした。 私的に。


ルーカという役は、見事な “さえちゃんアテガキ” だなぁと心底感嘆でした。
一言で表すなら、手負いの猫。 一見攻撃的なんだけど、ほんとうは傷だらけなの。
自分で自分を孤独に追い込んでいるのに、心の底では寄り添える相手を探してる。
寂しさを抱え込んだ美青年が、さえちゃんだからこそ魅力的に具現化されていました。

そんなルーカの、唯一の話し相手(だと私は思った)が、親友のジェンナーロ。
彼は半年前に死んでしまっていて、そして今でもルーカを見守っている訳なんですが
かよこさんでなければ出来ない役ですね(キッパリ) 嵌り役とかいうレベルでない。
あの優しさ、やわらかさ、純粋さ、透明感、 “朝澄けいの魅力の結晶” て感じでした。
他のひとが演じたら確実に埋没すると思う。 最高に良い役をもらったんだなあ…。


……ってアテガキを褒め称え始めたら、本当にキリが無いんですけどね(苦笑)
だってこの作品、出演者を生かすという点においては神業級だと思うもん。 私は。
ヒロインのフランチェスカ、気位高くてでも繊細なお嬢様像が梨江ちゃんにピッタリ。
準ヒロイン(?)のニコラ@エリカちゃんも気の強さが可愛い “野良猫” だった。
個人的に特筆すべきと思ったのは、萬サマと朋さんの裏主役風味なカップル!!
萬サマは劇中で一番男前だと思いました(笑) 朋さんは死に際の演技が凄すぎる。

ルーカの友人役の朝宮さん&あゆ夢さんもナチュラルなお芝居が胸を打つし
最近は母親ポジションが多い邦さんも実はこういう、強かな女性が似合うんだなと。
ジェンナーロ母@京さんも上手いしロレンツォ@ヒロさんも絶妙で…あぁ書ききれない。
ほんとうに。 “アテガキ” という一点だけでも高評価できてしまう作品だと思います。




って訳なので、各出演者様についてこれ以上しつこく語るのは止めにしておきます。
だってホントにキリが無いんだもの(苦笑) いくら書いても書き足りないっつーのさ!!



今回は、歌詞や台詞よりも “色” に注目して作品を見てみました。 意識的に。
絵よりも字を書く方が好きだからなのか、私、普段は言葉ばかりを気にするんです。
なので意識して見ないと、色彩やシルエットは大分見逃しがちなんですけども
最近メールでお話しているお友達さんが、とっても “色” に敏感な方なのですよ。
で、その方から作品論をお聞きすると凄く新鮮で刺激的だなぁと常々思っていたので
私も “色” に敏感になるぞ! と、ちょっと一念発起してみました次第でございます。

特に注目してみたのは衣装の色です。 衣装の色って案外重要なんですよ皆さん(笑)
これは上記のお友達さんとはまた違う方なのですが、花組 『ファントム』 上演時に
クリスティーヌの衣装の色が宙組版とは違っている、とご報告くださった方がいらして。
確か宙組版では全編通して白だったのが、花組版ではカラフルになっていたんですね。
で、そのご報告を戴いた私は、宙組版ではファントムの “聖女” だったクリスティーヌが
花組版では “ごく普通の少女” になったんじゃないかと、勝手な解釈をした訳でしたが。
(まぁ中村氏がどこまで狙ったかは別としてね)(もう少し中村氏を信用してやれよ俺)


この、衣装の色に注目して 『聖者の横顔』 を見たら、これがまた面白くて、ですね。
先ず特徴的なのはフランチェスカと、その母であるイレーネ。 そしてジェンナーロ。
フランチェスカの衣装の色は基本的に白です。 一度だけ赤を着るけど、他は全部白。
イレーネは最初から最後まで黒。 で、ジェンナーロは確か、衣装替え無しで灰色。
他のひと達(※ルーカと二コラを除く)は全編通して割と暗い色が多かったですかね。

ルーカの衣装の色ですが、どんどん変わっていくんです。 最初は上も下も真っ赤。
次は暗い青(ブルーグレー?)、一場面だけ白を着て、その次は茶色。 最後は黒。
……メモ取りながら見た訳じゃないので微妙に間違ってるかもしれませんが(苦笑)
ルーカと同棲している少女・ニコラは、前半はルーカとお揃い風味の赤いドレス。
それがルーカと別れる後半では黄色いコートを羽織っている衣装に変わりました。
(コートの下は、オレンジのドレスだと思っていたら、写真で確認したらピンクでした)
(あまり新しい映像じゃないので色の判別が難しい)(頼り無い記憶で申し訳無いっす)


――― で、衣装観察という観点から試みてみました、作品解釈なのですが。
毎度のことながら超主観的な感想ですから。 信じすぎてはいけませんよ(笑)


恋人(ジュリオ@萬サマ)と別れて以来、時間が止まってしまったイレーネ。
全編通して黒づくめな彼女の衣装は、まるで喪服みたいだなぁと私は思いました。
ジュリオを今でも愛しているから、だから他の誰をも愛するのをやめたのだ、と
そう言ったイレーネは、彼と別れた時点で自分を殺してしまったのだろうなと。
自分を、そして自分の未来を殺したから、それを表す意味での真っ黒いドレス。
最後まで全身を黒に包み続けた彼女は結局、ジュリオと共に死んでしまいましたが。

オギーは “過去に捕らわれたままでいる者” を決して幸せにしない。 ように思える。
かなり昔、この前の前くらいのブログ(笑)を運営していた頃だったと思うんだけど
『マラケシュ』 を観劇して 『螺旋のオルフェ』 との比較論を書いてみたことがあった。
その時の勝手な結論が確か、 “過去に捕らわれたままでは身を滅ぼす” ということ。
『オルフェ』 の主人公・イヴは物語のラスト、生と死の狭間でようやく未来と向き合う。
立ち止まっていた彼はこれから歩き出すのだろうな、というところで、劇は幕を下ろす。
『マラケシュ』 の主人公・リュドヴィークは最後まで自分の未来を見つめなかった。
自分ではない、他の人々を過去の柵から解放し、リュドヴィークは魂の葬列に加わる。

ジュリオとイレーネも、イヴではなく、リュドヴィークと同じ最期を迎えた気がする。
もう死んでしまったものを生きていると思い込みたくて、それを飾って見つめたまま…
そうしてきた自分達のようにはなるなと、ジュリオ@萬サマはルーカに言いましたが。
過去のために立ち止まっていても何にもならないというのは、オギー作品のテーマかと。
『螺旋のオルフェ』 では死んでしまった恋人・アデルを想い立ち止まり続けるイヴに対し
アデルの妹・ルシルの口から 「生き続けることは忘れることではない」 と言わせた。
過去があり、今があって、未来へと続く。 だからどうあっても今は、過去の続きであり
どんなに未来へと進んでも、それは過去を忘れる、捨てることには絶対にならないから。
過去を切り捨てなくていい。 過去から続く未来への道を、胸を張って進んでいけばいい。
……ってのがオギーワールド永遠のテーマなのかなと、私は勝手に思ってるのですが(笑)

過去を愛しているから今に立ち止まる、未来へ進まないことを選ぶっていうのは
結果的に自分を殺してしまうことになるよと、オギーは言いたいのかな(耳が痛い…)


ところで。


イレーネの “黒い” 衣装に対し、こういう↑解釈をしてしまいますと
最後にルーカが着ている衣装も “黒” であることに、不安を覚えずにいられない。


そう、黒なんですよね。 旅立つ日の、ルーカの衣装も。 上も下も真っ黒。
これをイレーネ(とジュリオ)に対する “喪” と考えるなら恐くも痒くもないですが
でもよりにもよって、どうして最後が黒かな! …と思わずにはいられない私。
最初の衣装が赤なのは納得なんですよ。 赤は運命や血を連想させると思うから。
(フランチェスカが赤を着るのも、ルーカに怪我を負わせる前後だけですしね)
( 『オルフェ』 のイヴが撃たれる場面でも、隣りにいるルシルは赤いドレスだし)
次が青、なのも納得。 この劇中における青は孤独を表す色だ(と、勝手に判断)
白は幻想シーンだけなので説明割愛。 茶色は痛みと向き合い、迷ってる色かな。
( 『オルフェ』 でも後半の、迷いが生じている状態のイヴが着ていた色ですね)
(ロジェやエドアールも茶色を着てましたね)(そしてイイ感じに悩んでいらしたかと)

…と、他の衣装の色については至極納得できるのに。 最後の黒だけ、微妙に謎。
謎というか、理解するのが恐い(苦笑) 突き詰めていくと恐い結論に着きそうで。
と、言うか。 そもそも疑問なのが、ラストシーンにジョアンナもいるってこと。
ルーカが彼女と話してるってことはつまり、俳優の話を受けたってことなのでは?
たまたま同じ船に乗り合わせたってだけなら良いけど(それなら話す意味無いけども)
彼女にくっついてアメリカに行くのだとしたら。 それって、どうなんだろう?
“ただ微笑っていればいいお人形” になるのは、歩き出すことになるんだろうか?


……なんかちょっと、 『DAYTIME HUSTLER』 のローリーを彷彿とするなぁ(ぼそ)

何かが変わったように見せかけつつ実は何も変わってないのでは? な感じが。
確かに未来へと足を踏み出したルーカだけど、内面は変わってないんじゃないかな。
で、何も変わらない状態で進みだしても、またすぐに立ち止まってしまうだろう。
そうしたらイレーネ達の二の舞になる。 てことを暗に示唆されてる気がする…(恐)


が。 ルーカの救いは、フランチェスカがその隣りにいるということだ(と私は思う)
フランチェスカはニコラとは違う。 ルーカと似ているニコラでは駄目だったからこそ
違うものを持つフランチェスカなら、きっとルーカの足りないところを埋めてくれる。
……というところで希望を持たせてくれる、この人物配置には驚嘆でございました。
衣装の話をすると、前半のニコラが赤を着ているのは赤いスーツのルーカに合わせて
この2人は似ているんだ、と匂わすためだと思います(同じ色着てるとペアに見える)

『ハスラー』 のヒロイン・シルヴィアも、メアリー・アンとの差異が描かれていたら
ラストシーンの印象がまた違ったものになったのかなあ、とふと考えてしまいました。
“常に自分より愛される主人公に嫉妬する友人” の立ち位置にいるキャラにしても
ファブリッツォは 『ハスラー』 のトニーよかよっぽどリアルな人格を持って動いていて
(念の為。 トニーはトニーで大好きなのですよ、いっぽ君は好演していたと思うし)
イケコはキャラクタの描き方を、少しばかりオギーから習った方が良いのではないかと
そんな失礼なこと思っちゃいましたスミマセン。 ……でも勿体無いんだもの!!
(イケコは構成や演出が素晴らしいだけに人物の描き方で損してる気がしてならない)


キホン白い衣装ばかりを着ているフランチェスカは、ルーカの聖女なんだと思う。
ルーカにとっての聖者(=話を聞いてくれる相手)はジェンナーロなのだと思うけど。
聖女というか、救いの光、と言うべきか。 自分を変えてくれるのであろう相手。
聖者は話を聞いてくれるけども、一方通行で、自分に影響を与えてはくれないから。
フランチェスカはルーカを変えてくれる。 ルーカが自分自身を好きになれるように。
そしてその時にはルーカも彼女とお揃いの “白” を身に着ける。 のかも、しれない。

いずれ訪れる “いつか” の日のために、ルーカの上にさした真っ白い光。

……って考えればこれはこれで希望に溢れたラストだな。 良かった良かった(笑)



以上、いつもとはちょっと見方を変えて、 “色” に注目してみた考察でしたが
根っこの部分は大差無いですかね(苦笑) ま、私が書いてんだから当たり前ですが。
オギーワールドはオギーの手によって作り出された、オギーの創造した世界な訳で
その世界においてはオギーが神様であるように、トマワールドの神は私ですから(爆)
同じ人間の書いてる文章だもの、基本的な部分が同じになるのは当然のことだ。 うん。
(でも私はただの感想書きなので、本当は自分の世界も何もあったもんじゃないけど)
(解ってるなら神とか偉そうなこと言わない!)(ちょっとした悪ふざけです、御勘弁を)

私の悪ふざけはともかく(笑) 『聖者の横顔』 を初めて見て、改めて思ったこと。
やっぱり私はオギーが好きです!! オギーの作り出す世界が好き。 好きすぎる。
私の中でオギーが神様なのは、私がオギーワールドの住民になりたいからですきっと。
あぁあの世界で暮らしていきたい。 あの痛みに全身を浸してたい(戻ってこい自分)


それにしても、 “色” に注目して作品観るの、ちょっと病みつきになりそうですよ。
やっぱり私は言葉に敏感なタチなので、意識しないと難しいんですけどね(苦笑)
でもオギー作品のみならず、 『ファントム』 の前例なんかも考えに入れますと
演出家が意識的に拘らずとも、色には潜在意識なんかが潜むのかもしれません。
(って、とことん中村氏を信用していない俺)(ゴメンナサイ! 悪気は無いんです!)


心理テストにも、色を塗らせて潜在意識を探るようなものが有ったりもしますしね。
舞台は演出家のキャンバスだもの。 そして、作品世界における演出家は神様だもの。

たとえ無意識に選んだ色でも、それは神様の手の中にあるパレットから選ばれた色。

…… “色” に注目した作品鑑賞、パレット覗き見気分が味わえて楽しかったです(笑)




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【2007/10/19 00:40】 | ほしぐみ観劇日記。 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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