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柴田先生のヒロイン観。@宙組 『バレンシアの熱い花』 感想。

東宝楽を迎えてしまいましたが、空気読まずにまだ語ります。
……てゆーか雪全ツが観られないフラストレーションのせいも有る(爆)


そんな訳での宙組さん語り、ちょっと時間が空きましたが再開です。




イサベラは “気の毒なヒロイン” なのだろうか?

……という疑問が、マイ楽終えてから頭の中にずーっと残ってんですけどね。



私は通算で3回観ましたが、イサベラを 「気の毒だ…」 と思わないのですよ。
かわいそう、とは思うし。 だからこそ健気だな、ってのも感じるんですけど。
でもイサベラに対しても、それからウメちゃんに対しても、気の毒だとは思わない。
それに、可哀想とか健気とかよりも “恰好良さ” の方が際立ってる気がして
だから正直言ってあのラスト、嫌いじゃないんですよね~~むしろ結構好き(爆)

初見をムラで終えて帰ってきた時、主人公のあまりにもなフタマタっぷりに
『飛鳥夕映え』 を思い出してしまった、てお話をさせて頂いたと思うのですが。

はっきり言おう。 『飛鳥夕映え』 のラストは、私的には ナシ です。

…申し訳無い…歴史上の事実として、他に終わり様が無かったのは解るのですが。
でも、あのラストは正直ヒドイと思う。 何がってヒロインに対する扱いが。
だってフタマタかけられて、ちょっと疑いつつも信じて待ってたのに放置ですよ。
しかもフタマタは最後まで継続したままなんですよ? いくらなんでもあんまりだ。
その上、あれトップのお披露目トップ娘役の卒業作品だったのですよ?
そりゃその辺の事情は物語に関係無いけど、でも私はくらりん好きだったのよ!!
さえちゃんのことだって大好きだったから、幕が下りた後で目が点になったよ…。


それと比べると、って訳じゃないけど、 『バレンシア』 は良いラストだと思う。

確かにフェルナンドは勝手な男だし、去っていくイサベラは痛々しいけども
でも、べつに柴田センセイをしばいてやりたい!! とかは、私は思わない(笑)


なんでだろう。

イサベラは “殿方にとって都合よくドリームされている理想の女” だと思う。
少なくとも私自身は、そういう解釈をしている。 なのに、何で腹が立たないのか。




……ってことをマイ楽終わってからもずうっと、しつっこく考えていて(笑)
やっとその理由らしきものが見つかったので。 ちょっとご披露してみようかな、と。


理由は、ふたつ有ります。

ひとつめ。 イサベラという女性像に、柴田センセイの愛情が窺えるから。


男の演出家さんが脚本書くと、そのひとの恋愛観だとかが本当によく見えると思う。
……ってのは確か 『黒蜥蜴』 を観た時にも書いたよーな気が致しますが。
今回も改めて、それを感じました。 柴田センセ、貴方イサベラ大好きだろ(笑)
あんなイイ女が現実にいたら良いのになって、密かに思ってるんだきっと(決めつけ)

イサベラが身を引く痛々しい姿に、私は柴田センセイの美学を見る気がするんだ。

男役さんに対する美学が顕著に見える演出家さんなら、割といるけど(ハリーとかね)
娘役さんに対して確固たる美学を注ぐひとは、そう多くない気がするんです。 私は。
美学じゃなく “萌え” を注ぐ演出家さんならいらっしゃいますがね、若手辺りに(笑)
でも、こういう姿勢が美しいだろう、こういう生き方が恰好良いだろう、っていう
強いコダワリが根底に有る “美学” を注がれたヒロイン像は、少ないと思うんです。


他の柴田作品のヒロイン、瑪瑙やフランチェスカに対して “美学” があったのかは
私にはハッキリ言ってよく解らなかった。 でも、イサベラに対する美学は感じた。
「あのひとの世界には立ち入らないようにしているの」 あの台詞の、鋭利な美しさに。
……これは勝手な推測だけど。 柴田センセイ、 “身を引く女” が好きだよね?(笑)
今回の 『バレンシア』 以前で私がコダワリを感じた柴田作品のヒロインっていうと
『琥珀~』 のシャロンなんですけど( 「さよなら世間知らずの坊や」 は最高だと思う)

フェルナンドと別れるラストシーンは、時間をとってじっくりと描かれていると思う。
勿論、演出を担当したのはサトル氏だから。 その辺はサトル君の判断かもしれない。
でもそれは、裏を返せばサトル氏も “この物語の核はラストだ” と思ったってことで
柴田センセイが一番描きたかった(と思われる)ものは復讐劇でも四角関係でも無く
何よりもフェルナンドの青春の一幕、そこで経験した、ひと時だけの情熱的な恋愛と
そこで出逢った女性の鮮やかな美しさ。 それに尽きるんだな、と私は感じたので。


イサベラは、柴田センセイの “愛情” を注がれて誕生したキャラクタなんだと思う。

それは出番の回数だとか台詞の数だとか、そーゆー表面的な問題では無くて。
主人公をひたすら格好良く描くハリー作品から男役に対する美学が垣間見えるように
ヒロインがひたすらに美しく描かれている、そのことが重要なんだと思う訳ですよ。




理由、ふたつめ。 仮にハッピーエンドだったら、その方が腹立つと思うから。

あーもー無駄に正直でホントごめんなさい。 でも本音だから撤回しない(爆)(最低)


今だから言えるけど。 『霧のミラノ』 はムラに遠征して初見してきた私でしたが
観た後、けっこー怒ってたんですよ(苦笑) あのラストさいあく! て感じに。
初見終えた後はね。 ハッピーエンドにしてくれて良かったのに、と思ってたから。
ロレンツォ死亡、カールハインツ卑怯者、フランチェスカ放置プレイで幕下りるよか
カールハインツには潔く自害してもらって、主人公カップルは無事に再会して、
でも死した友人(=カールハインツ)の名は彼らの心に一生刻まれるのでした…と
そんな風に終わった方がスッキリするし、かしちゃん恰好良いのに! と思って。

でも。 東京で何度も観るうち、やっぱラストこれで良いや、と考え直しました。
だって主人公カップルだけ生き残ったってそれはそれで彼らに腹が立ちそうなので。

私の中では 『望郷~』 とか、他には 『ハスラー』 なんかもコレに当たるんだけど
何かの犠牲の上に成り立ったカップルって応援する気になれないんですよ(苦笑)
『望郷~』 は主人公の我侭から始まった大冒険の末に仲間は殆ど死んじゃったのに
主人公夫妻は 「命の大切さを伝えていこう」 ってどの口で言うか! て感じだったし
『ハスラー』 は主人公の親友兼ヒロインの婚約者であった筈の男が死んだというのに
たった1ヶ月後にいちゃついてて、少しは喪に服せよ! と心底思った(暴言失礼)

『霧ミラ』 のふたりは厳密に言うと、犠牲の上に成り立ったカップルとは違うけど
でもカールハインツが自滅したのは(結果的には、だけど)ロレンツォが原因で
それでロレンツォだけ生き残って幸せになられても…後味良くはならない気がする。
フランチェスカは可哀想だけど、あの終わり方で良かったんだろうなぁと思うんです。
(同じ理由で 『あの日見た夢に』 もハッピーエンドじゃなくて正解だったと思います)


なので。 『バレンシアの熱い花』 でも、たとえばフェルナンドとイサベラが
手に手を取って逃げていって幕が下りたりしたら、私はそれはちょっと嫌だなぁと。
ラモンはまだしも、それじゃマルガリータがあんまりにも “気の毒” だもの。
婚約者の態度に不安を覚えつつも、それでも信じて、ずうっと待っていたのに。
(なんか 『飛鳥夕映え』 の瑪瑙みたいだ)(あ、だから私あのラスト苦手なんだ…)


『バレンシア』 のラストは、ふたりが別れるからこそ美しいのだと私は思う。


終わりが来るからこそ綺麗に映るし、「これも有りだな」 って思えるんだと思う。
……てゆーか男のフタマタとかって今の恋愛観だから受け入れ難いのであって
“あの時代のスペインの空気” の中であればさほどムカっ腹も立たない気がする。
そういう意味で今回の公演、ちょっと色んなものが足りてなかったかな、とも思う。
(ハッキリ言うと “時代モノ” を伝える熱が足りてない。 役者さんも演出家さんも)




と、なんだかんだ言いつつも、私は結局好きなのですよ。 今回の公演が。
本音言うと、タニウメにはもっと軽快なハッピーエンド作品が似合うと思うけど
柴田氏コダワリの “理想像” を演じきったウメちゃんの、役者さんとしての技量と
何よりもタカラヅカの娘役さんとしての魅力を、改めて知ることが出来たので
タニウメらぶのウメちゃんスキーとしては非常に満足です。 最高にイイ女だった。


イサベラ、難役だと思いますよ。 出番だって台詞だって、実のところ多くは無いし
その、多くない出番と台詞で表現しなきゃならないものは沢山有る、難しい役。


でも演じきることが出来たなら、娘役さんにとっては凄く “大きな役” だと思う。

だから、ウメちゃんのイサベラは、私には “ものすごく大きな役” に見えた。






   ●余談ですが、ちょっと思ったこと。●


……柴田センセイとイシダ氏の恋愛観って、実はそんなに大差無いよね(笑)
どっちも解りやすく男中心って言うか。 男と、男に都合の良い女とが居る世界。

男を一心に一途に愛し、男の都合で別れる時には女の方から綺麗に身を引くのと
「女なら黙って俺についてこい!」 「ええ、ついていってやるわよ!」 ってのと
常に男が中心って点においてはあんまり大差無いじゃん、と思ってしまった(爆)
実はイシダ氏と同レベルなのかよ…柴田センセに対する幻想が崩れてしまいそうだ。


―――― しかし一見しただけでは、あまりにも印象が違いすぎる両者の作品。


私は色の塗り方が違うからそう見えるのかな、と勝手に思ってます(笑)
絵のタッチ自体はそんなに変わらないの。 ただ、使ってる色とかが全然違う。

イシダ氏は漫画みたいな塗り方するから、受け入れられ辛いんだと思います。
題材が伝わればそれで良し! てなノリで必要なとこだけ原色で色をつけるから
うっかり男尊女卑っぽく描いちゃった時も、それが解りやすく伝わるのではと。
柴田センセイはとにかく丁寧に、絵の具も何色か混ぜて、繊細に塗っていくから
出来上がった絵も題材とかより先ず色使いの美しさに目を奪われるものになる。
勿論イシダ氏の絵が悪い訳じゃなく、少年漫画のカラーページとかだったら
そういうカラーリングで充分なんだろうけど…ここタカラヅカだからねえ(苦笑)


イシダ氏も、柴田センセイから絵の具の使い方、少し教わったらどうだろうか。

そしたらイシダ氏の絵の良さはちょっと失われてしまうのかもしれないけど。
でもカラーリングより中身で勝負したいからこそ、色づけには拘ってこなかった
私にはそういう風に見えるから、色のつけ方が今更少しばかり変わったところで
イシダ氏の作風自体はきっと変わらないんだろうな、と思えるんだけどなあ。


美しい色使いを隠れ蓑にするのも、絵の “テクニック” のひとつだと思う。

……これからもタカラヅカで書き続けるのなら、必要なテクって気がするんだけど。




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【2007/10/08 01:42】 | そらぐみ観劇日記。 | トラックバック(0) | コメント(0) | page top↑
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