スポンサーサイト
上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
【--/--/-- --:--】 | スポンサー広告 | page top↑
水と油も、頑張って混ぜ続ければ混ざるんじゃないかと。

このカテゴリ使うの、実は初めてだったりする(笑)

 ● 『安楽死のできる国』 (新潮新書)
 ● 『自ら死を選ぶ権利』 (徳間書店)


……読書メモと言いつつ、本の内容がメインの記事では無かったり。




リビングでこの2冊を熱心に読んでたら、親に思い切りひかれたのですが(苦笑)


別に自分が将来的に安楽死を希望してるとかね。 そういう訳じゃないんですよ。
これらの本を読み出したキッカケは、学校帰りに立ち寄った本屋さんです。
私、重度の活字中毒症患者なので。 登下校中の電車内で本を読むのはお約束。
その日は話題作 『バカの壁』 を、今更のよーに購入しようと思ってたのですが。

ふと、目に留まったのが。 新潮新書 『安楽死のできる国』 。

その国=オランダは、3年前に旅行して、すごく良い思い出の残ってる国だったし
安楽死というテーマ自体にも興味があって、思わず衝動買いしてしまった次第。
いざ読んでみたら色々と思うところがありまして、図書館に資料探しに行った際、
同じテーマを扱ってる本の中から 『自ら死を選ぶ権利』 を選んで借りてみました。


2冊借りて正解だったと、色んな意味で思いました。 両方読破してから。


ブログなり、或いはどこぞの掲示板なり何なりで、自分を意見を主張したとか
そういう経験の有る方にならよりよく解るだろう話だと思うんですが。
意見を主張する時って、基本的に、その為に必要な情報しか引用しないんですね。
それは別に、反対意見(に繋がる情報)への反発からそうする訳じゃないんですよ。
ただ単に、自分の意見を主張するのに、必要無いから採用しないだけなんですが。

だから、2冊両方読んでみて、初めて知る情報ってのがあったりする訳です。
どちらの本も同じテーマを扱っているし、主張もそんなにズレていないんだけど
それでも、それぞれが、各自必要な情報しか基本的には提示していないから。
(不必要な情報を入れても、かえって、まとまりが無くなるだけですしね)
アッチの本には書かれてなかったことが、コッチの本には書いてあったりする。

ひとつのことに興味を持って、それを深く知りたいな、と思った時には
情報源の違う情報をたくさん集めなきゃいけないんだな。 なんて思いました。



本の内容がメインでは無い、と言いましたが。 ちょっとは触れますよ(笑)



私が衝動買いした新書 『安楽死のできる国』 が出版されたのは2003年。
一方、図書館で借りてきた 『自ら死を選ぶ権利』 が出版されたのは1995年。
そして話題の国オランダで安楽死が合法化されたのが2001年春のことです。
つまりこの2冊の本は、話題の中心である出来事を挟んで出版された訳ですね。

オランダでは、安楽死法が制定されるまでに、幾つかのステップがあったんです。

今の日本で安楽死を合法化しようと思っても、先ず無理だと思われます。
と言うのは、安楽死を行ったひとが無罪になったという前例が殆ど無いからです。
オランダでは安楽死を行った医者を無罪にしたり、有罪でも刑罰を与えなかったり、
そういったことが起こる度に国民全体がその判例と向き合ってきた経歴がある。
安楽死を合法化しようというのは、そういう積み重ねの上に生まれた流れな訳です。

「安楽死を合法化」 と聞くと、日本人の感覚として発想してしまいがちなのが
医者が患者を安楽死させても良い権利を得たんだな、というイメージですが
オランダの感覚で説明するなら、そういう想像とは全然違うものみたいですね。
患者の希望を叶える為に医者が安楽死を行った時、医者を罪に問わない条件。
それを明文化したのが安楽死法であって、嘱託殺人等とはまた違うものなんです。

安楽死法制定のひとつ前のステップとして、1993年の遺体埋葬法改定があります。
この段階では未だ、安楽死は完全に合法化されたという訳ではないので
安楽死させるその行為自体は合法ではありません。 罪に問われにくいというだけ。
遺体埋葬法の改定により、安楽死を行う際の手順と手続きがきっちり定められ
それを守り、一定の条件を満たした上で行えば、刑事告発され辛くなるという話です。

遺体埋葬法改定→安楽死法制定と、数年のうちにステップが進んだその契機は
1995年、健康体の人間を安楽死させた医師に形ばかりの有罪判決が下ったことでした。
形ばかりの有罪判決と言うのは、名目上は有罪でも刑罰は何も科されなかったので。
オランダの刑罰には “最低ライン” が無いので、刑罰無しの有罪も有り得るんですね。
その医師が有罪になったのも、安楽死の手順に僅かばかりの不備があったためで
行為そのものは罪として追求されなかったので、安楽死の概念がまた広がった訳です。
その医師が安楽死(正確には自殺幇助)を行った相手は自殺未遂をしていた女性で
彼女の欝には回復の見込みが無いと判断し、惨たらしい自殺方法を選んでしまう前にと
毒薬を処方したらしいのですが、その主張が不可抗力と認められたということですね。
それまでは、安楽死は不治の病に侵された患者を苦しみから救うもの、だったのが
精神的な苦痛からの解放としての安楽死、という新しい概念がそこに加わった訳です。

何故にこのようなお話↑を、私が頑張って長々説明しているのかと言いますと。
身体的には健康な女性に安楽死を行って、結果的に安楽死法制定の突破口を開いた
その医師が、偶然にも、 『自ら死を選ぶ権利』 の著者の親戚なのですよ。
著者が執筆していた頃というのは丁度その “事件” が起こったのと同時期で
本にも親戚が突然にそのような形で安楽死に関わったことへの驚きが書かれています。
“事件” によって出来た判例はオランダ中を駆け回り、結果、安楽死法が制定され
その医師の名は、今ではオランダで知らない者はいないような状態になったでしょうが
執筆当時は安楽死法の制定前で、そのような事態を著者は予測していたかどうか…。
いち読者の勝手な感想として、運命の悪戯のようなものを、私は感じてしまいました。


ここを読まれている方で、安楽死について興味の有る方がいらっしゃいましたら
『自ら死を選ぶ権利』 は是非一度読まれることをオススメ致しますです。
この本は安楽死法制定以前に書かれたものなので、現状を知るには不向きですが
日本で生まれ、アメリカで育ち、オランダ人と結婚した為オランダで暮らしている
そういう複雑な経歴を持つ著者ならではの見方で書かれている貴重な1冊かと。
著者はジャネット・あかね・シャボットさん。 名字にぴんと来たら是非一読(笑)



ところで。

記事の冒頭付近で、3年前にオランダを旅行したと書いたのですが。



正確に言い直すと、大学1年の冬に、オランダ・ベルギー・フランスを回りました。
私、かの有名なテロ事件の影響で、楽しみにしていた高校の修学旅行の行き先が
ヨーロッパ(イギリス・フランス)から国内(関西・九州ツアー)に変更されたという
聞くも涙、語るも涙(そうか?)な、サミシイ思ひ出があったりするんですけどね。
なにが一番悔しかったって、初海外の為にわざわざ取ったパスポートでしたよ。
○万円かけて、それでもウキウキしながら取ったのに、夏休み明けにぜんぶパアに。
あれは心底腹立たしかったです。 皆でビ○ラディンを捕まえてやる、とか言ってた(笑)

で、あまりに悔しかったので、大学生になってからとにかくバイトしてバイトして。
3ヶ月ぶんのバイト代をはたいて、リベンジのつもりで行ったヨーロッパ旅行でした。

フランスと、イギリスに行くつもりがオランダ&ベルギーになったのは成り行きでしたが
いざ行ってみた感想は予想外にも、フランスよりその2ヶ国の方が印象強いくらいで。
大好きな国になってしまったベルギーの感想は、機会が有ったらそのうちお話するとして
オランダは、どこもかしこも綺麗で、食べ物の美味しい(※私的に重要)素敵な国でした。
『自ら死を選ぶ権利』 を読んでいたら私の行った場所の名前もちらほらと出てきて
旅行した当時のことが鮮やかに思い出されて、懐かしい気持ちになってみたりもして。


『安楽死のできる国』 『自ら死を選ぶ権利』 どちらの本にも書かれていたことですが
オランダは、日本人にはなかなか理解し難いくらい、個人主義が徹底された国です。
だから日本のように、ある意味お節介なまでの安全対策はいちいち成されていないし
アメリカのように、電子レンジに猫を入れたら死んじゃった、なんて訴える裁判も無い。
危ない場所に近づくのも、愛猫を危険に曝すのも、みな個人の勝手で、責任なんです。
日本では当然のように取り締まっている売春宿もソフトドラックも合法だったりします。

オランダには、 Coffee Shop の頭文字 C を、 K で表記している場所があります。
そこがドラッグを扱っているお店で、コカインなんかが普通に購入出来ます。
ドラッグに手を出すのも、それで中毒になるのも、個人責任という訳なんですね。
但し、そういうお店で一度に売り買い出来るドラッグの量は厳しく定められているし
売春宿なら衛生管理必須、業務報告義務、税金徴収等、色々と大変みたいですが。
本の言葉をお借りすると、 “良くないこと” でも、ある程度は “必然” として
一定範囲内で認める代わり、ガラス貼りにして、その中身は見えるようにする。
イタチごっこに取り締まるよりも、透明度を高くして管理しようってとこですかね。

ドラッグ容認とか売春宿営業可とか、そういう諸々が正しいのかはともかくとして。
その、オランダの個人主義な考え方自体は、私個人としては結構好きだったり。
……それは別に、日本よりオランダが正しいとか、そういう話では無くてね(笑)
ただ、 “良くないこと” もある程度は “必然” 、それは事実だと私は思うので。
事実と言うか、現実って言った方が良いのかな。 現実には、どうしたって在ること。
たとえば、煙草。 私はね、未成年でも吸いたいひとは吸えば?って思うので(爆)
確かに未成年の頃から喫煙すると健康を害する確率はえらい高くなりますけど
でもそれで死ぬのは、本人だしね。 副流煙だったら喫煙者の年齢関係無く出るし。
煙草のせいで肺癌になって死んでしまったとしても、それは本人の責任でしかなくて
煙草会社や、取り締まらなかった政府を責められる話じゃあないと、私は思うから。


つまりは何が言いたいのかというと、世の中には色んな考えがある、という話で。


今の日本では安楽死法が成立しないだろう一番の理由がここに有ると思うんですけど、
日本における過去の安楽死事件で有名なのが、1991年の東海大付属病院でしょうか。
末期癌で昏睡状態にあった患者を、医師が、家族の要請で安楽死させた事件です。
これも本からの受け売りなんですけども、オランダではこういうことは先ず起きない。
オランダで安楽死が認められるのは患者本人からの要請であることが最低条件です。
患者の家族が 「可哀想だから」 と患者を 「死なせてあげる」 のは安楽死にならない。
「これ以上苦しむよりは安らかに死にたい」 と患者本人が希望した場合に限って
医師による安楽死 or 自殺幇助が可能になるのであり、家族の要請では起こり得ない。

この違いの底辺には、日本とオランダにおける国民性の違いが先ず有ります。

たとえば日本では、患者が末期癌と診断された場合、それを患者の家族に話し
「患者の闘病意欲を奪わないように」 と、本人には病名を伏せることがあります。
その場合、患者の病状が終末期がどうかを知っているのは本人でなく家族なので
「苦しむところを見ていられない、もう死なせてあげたい」 という心理が発生する。
日本において安楽死というと慈悲殺死のイメージになるのはこのためなんですね。
オランダでは末期癌だろうが何だろうが、患者本人に病名を告げるのは義務なので
自分の “最期” (端的に言うと、延命治療を受けたいか否かということですが)
それを決めるのは患者本人な訳です。 安楽死でも延命処置でも、選ぶのは自分。

また、日本では大概、患者の介護や医療費の負担は家族・親類にかかってきます。
だから現在の日本で “患者の意志としての安楽死合法化” なんてことになったら
「家族の負担にならないため」 という理由で安楽死を選ぶひとが、必ず出てくる。
オランダにおいてそれが起こらないのは、医療福祉のシステムが徹底してるからです。
老後を子どもに世話してもらうひとがあまりに少ないのがオランダの特徴らしいですが
それは、子どもに頼らず、金銭的な心配をしなくとも、福祉サービスが受けられるから。
日本では、高齢者向け施設に入ろうと思ったら結構なお金が必要になるんですけど
オランダではそういうことが無い(その代わり、日々の税金なんかは高いそうですが)


どちらが良いとか、正しいとか、そういうレベルのお話では無くて、ですね。


高齢になった親と同居することは少なく、その親が安楽死を選択したとしても
「それが本人の意思なら」 と受け入れる子どもが多い傾向にあるオランダは
日本人の目から見ればあまりに冷たく、非人情的に映ることもあると思うんです。
けれど 「本人の意思を尊重する」 というのもオランダ流の愛情なのであって
それが理解し難いものだからといって、否定する権利なんて誰にも無いんですよね。

私は日本生まれの日本育ちですし、たぶん人並み以上に親とは癒着しているので
自分の親に何か起こった時には絶対に傍にいたいなって思ってしまいますけど。
でもそれは私個人の考えだから。 世の中の真理でも何でも無いので。
支えあって生きていくのも、お互い自立して尊重し合うのも、どちらも愛情。
愛情の示し方に模範解答なんて無いから、ひとの解答を非難する権利だって無い。


よく、勘違いしてしまいがちなことなんじゃないかと思うのが。
反対意見を否定することこそが、自分の意見を主張することだと思うひとがいる。
私はそんなこと無いと思うんですけど。 そもそもが世界は矛盾だらけですし。
「急がば回れ」 と 「善は急げ」 、このふたつの言葉は反対のことを推奨しているし
「三人寄れば文殊の知恵」 「船頭多くして船山に登る」 これらもある意味、矛盾。
けれどどの言葉もそれぞれ支持されてきて、だからこそ今日まで残っている訳で。
矛盾している事柄は、相容れないけど、でも共存は出来ると思う。 あくまで私は。


べつに、誰もが反対意見を受け入れなきゃいけない、とも思わないんですけどね。
ただ、たくさんの情報や意見が溢れてる中、なるべく柔軟でいたいなぁと思うだけで。
私は自分の考えを過信したくは無いし、ひとの意見を頭から否定したくも無い。
そんなことを、この2冊を読みながら改めて感じたので。 書き記しておこうと。


私は、主義は一貫してるつもりですが、意見は移ろいやすい方かと自分で思います。
ひとの意見を聞いて、良い!と思ったらどんどん吸収したい食いしん坊なので(笑)
ひと月も経つと、先月とはもう意見が変わっていたりする。 傍迷惑なヤツなんです。

でも、ひとつの考え方に固執して凝り固まってしまうのも、どうかなと思うので。
何に対しても、色んな可能性を考えられた方が気がラクだし楽しいと思うのですよ。
水と油は反発するのが常識ですけど。 頑張って混ぜてたら、いつか混ざるかも。
……と考えといた方が面白いかなと(笑) だって、反発し続けるのは、疲れるから。


今は大嫌いな食べ物でも、いつか食べられるようになった時のためを考えて
何でも手元に置いときたい私は、やっぱり単なる食いしん坊なんでしょうけどね(笑)





   ●念の為に追記ですが。●


文中で、 「日本人が」 「オランダ人が」 と、よくひとくくりにして語りましたが
あれも一般的に多いというだけの話で、決めつけてるつもりはありませんですよ。

オランダ人の中にだって、安楽死反対なひとは少なからずいらっしゃいます。
同居して年老いた親の介護を続け、最期を看取ったという方だって勿論います。

要は、自分の好きな、自分に合った考え方を選べば良いだけの話なんですよね。




スポンサーサイト
【2007/01/24 00:04】 | 読書メモ。 | トラックバック(0) | コメント(4) | page top↑
<<靴とケーキと、キムシン論。@映画 『マリー・アントワネット』 感想。 | ホーム | stress って和訳すると “外的圧力” だっけ?>>
コメント
このコメントは管理人のみ閲覧できます
【2007/01/25 01:01】 | #[ 編集] | page top↑
お久し振りです。
ここ最近、トマさんのブログではじっくり考えさせられる内容ばかりで
毎晩通っては全身の血液を頭に集中させて
「うーーーーん」と唸ったまま・・・静かにPCを閉て・・・爆睡(おい)
そんな繰り返しで。
こう話したいことは喉元まで来てるんだけど言葉が出ない(笑)

難しい問題ばかりですね。
でも・・・もしかするとトマさんの仰りたい事は22つくらいに集約されるのかな~とも思えたり(笑)
でも安易に言葉に出来ない大きな爆弾を抱えていらしゃりそうなので・・・。
少し心配になったり。

今夜此処に来たのはマリーちゃんのコメントの為と・・・
コチラのタイトルに少々強く反応しちゃったので(笑)

私は水と油は絶対混ざらない!とは思いません。
いや、まんまの状態では無理でしょうけどね。
他の記事にあったお菓子の中に入れるモノの様な
所謂「添加剤」とか「溶解剤」ってのかな!?そーゆーのを入れれば・・・
要するに化学反応を意図的に起こす「何か」を間に入れてやれば混ざるんじゃないかと。

人の意見の衝突もそうですよね。
間を取る中庸的なポイントが見つかれば妥協できる事もある。
反対意見を言って相手を負かす事が先決!みたいな人がいて
ガンガン攻めて来られても、言われた方が緩和剤を見つけて
いい意味で相手との距離感を掴めたら・・・
もしかしたら妥協出来るかもしれない。

それはトマさんの仰る「共存」に他ならなくて。
私は可能性が限りなく0%に近くても、0%じゃない限り、相反するモノでも共存できると信じてます。
カシちゃんもそんな事を「可能性」という言葉で仰ってましたけど(笑)

ハリネズミ心理ってご存知ですか?
トゲトゲのハリネズミの夫婦が一緒にいるために・・・
近付き過ぎると互いの体の張りで互いを傷付けてしまう。
刺されない様にって離れ過ぎると寒い。
何度も離れたり近付いて、傷つけ合ったり、寒い思いをして
いつしかお互いに丁度いい距離間を見付けるんですって。
これも「共存」出来る1つの可能性ですよね。

あ~長々とごめんなさい(汗)
撤退致します!!!失礼致しました(深々)


【2007/01/26 00:26】 URL | 舞奈 #-[ 編集] | page top↑
あ。
訂正です。
トマさんの仰りたい事・・・22つに集約ではなく(汗)
2つに集約・・・です。
22つでは全然集約になってない!!!(泣)
すみません(ぺこぺこ)
【2007/01/26 00:28】 URL | 舞奈 #-[ 編集] | page top↑

>Mさん。

こんばんは。 コメントありがとうございます!!
食いしん坊のトマさんです♪(自爆)

私に足りてないのは、ひょっとしたら食休みかしら?と
Mさんからのコメントを読みながらそんなことを考えました。
こちらこそ、いつも突っ走った記事ばかり書いて申し訳無いです。
ついてきてくださってる方がいるのか、度々不安になるので
コメントやメール戴けました時にはとっても嬉しかったりします♪
レシチンのお話も、凄くお勉強になりました。
私も、闇雲にがむしゃらに頑張って混ぜ続けるばかりではなくて
時にはまったりのんびり、レシチンが見つかるまで待とうかと
暖かいご意見を戴いたことに感謝しつつ、少し反省してみたり(笑)

メールも、いつも楽しみに、神妙に読ませて戴いてます。
私には考えの及ばないような細かなところまで色々教えて戴いて…。
その方の役割については、私も色々と考えていたところなので
Mさんのご意見を楽しみにしつつ、またDVDを見返してみますね!!

そう、お誕生日だったんですよね。 ブログではお祝いしなかったんですが
私もカレンダーを横目に想いを馳せてみたりしておりました(笑)
やっぱり、コムさんは私にとって、いつまでも大切なひとみたいです。
オギー好きとしては、オギー世界の体現者として素晴らしい方とも思いますし。
私もこれからのご活躍を、そしてまた、コムさんの新しい一面が見られることを
ファン的立場で勝手に期待しながら(笑)とても楽しみにしております♪

長くなってしまいましたが、この辺にて失礼させて戴きますね。
こちらからも、愛を込めて♪
Mさんから戴いた言葉の一つ一つを、いつも支えにさせて戴いてます。





>舞奈さん。

こちらにもコメントくださり、ありがとうございますです。
なんだか一緒に悩ませてしまっているみたいで申し訳無い(爆)
本当、最近のココ、重たい記事ばっかりですよねー。
…なんってヒトゴトみたいに言えた立場じゃないんですけど(笑)

そうですね、なんか私、沢山の方に心配おかけしているようで(爆)
申し訳無いな~と思いつつも、ありがたいなって感じてます。
大丈夫ですよ、私、皆様からものすっごく甘やかされていますから!(笑)
本当にね、どうしてこんなに優しくしてもらえてるのかしらってくらい
(↑コレに似たこともかしちが仰ってましたね…今にして、とっても共感)
暖かい、嬉しいメッセージばかりを、いつもいつも戴いております。

そうですね、私も出来ればいつでも、妥協点を探していたいものです。
世界には生物学上どうしても敵対している生き物同士がありますが
それでも、皆が生きていて、それで地球は回ってる訳で。
…なんか壮大な話になってきましたが(笑)願うのは、簡単なことです。
共存出来る可能性は、いちばん最後まで捨てたくない。 私は。

ハリネズミ効果…なんだかほっこり出来る、可愛らしいお話ですね。
トゲを持つもの同士であるハリネズミだって寄り添えるのだから
表面上は何にも持っていない人間同士に出来ない筈、無いんですよね。
ひとりぼっちだと寒い思いをするのは人間にしたって同じことだし、
傷つけ合わない距離を見つけるのは難しいことだと思うんですけど
凍えないためにも、誰かが近づいてきてくれる自分でありたいものです。

最近は色々なことを、とりとめも無く考えてしまっているので
真剣にお付き合いしてくださる方がいらっしゃると嬉しい限りです。
舞奈さんのお陰で、私はサイト開設以来、寒さを感じたことが無いです。
たくさんの感謝を込めて。 いつも本当にありがとうございます♪


【2007/01/26 01:17】 URL | トマ #-[ 編集] | page top↑
コメントの投稿












管理者にだけ表示を許可する

トラックバック
トラックバックURL
http://toma723kanon.blog50.fc2.com/tb.php/105-ab168aca
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
| ホーム |
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。